[特集:デジタル関連法案 番外編] 個人情報ファイル簿の公表例外規定の経緯

 
 行政機関個人情報保護法で犯罪捜査等・安全保障分野などで個人情報ファイル簿の公表が例外とする規定の経緯をまとめて、警察庁秘密個人情報ファイル簿情報公開訴訟で陳述書として提出をしていましたので、ここに掲載します。なお、証拠として付けた資料は省略しています。


2020(令和2)年4月3日

陳 述 書

特定非営利活動法人情報公開クリアリングハウス
理事長 三木 由希子

 

1 はじめに
(自己紹介などなので省略)
2 行政機関個人情報保護法第10条2項1号及び2号の立法経緯について

 現在の行政機関個人情報保護法は、1988年に制定された「行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律」(以下、旧保護法)を2003年に改正したものです。その後、さらに改正を重ねられています。本件訴訟では、2003年改正後の行政機関個人情報保護法(以下、現保護法)第10条第1項第1号及び第2号において、総務大臣への個人情報ファイル保有事前通知の例外となり、かつ同第11条第2項第1号で個人情報ファイル簿の作成・公表の例外とされている個人情報ファイルに関して、警察庁が作成している個人情報ファイル管理簿の一部不開示処分を争っています。

 現保護法第10条第1項第1号及び第2号は、旧保護法にも同様の規定があり法案立案の最終段階で設けられた規定です。旧保護法の立案に当たっては、「行政機関における個人情報保護に関する研究会」(以下、研究会)が当時の総務庁行政管理局に設けられ、そこでの意見を整理して「行政機関における個人情報の保護対策の在り方について」(1986年12月。以下、報告書)が取りまとめられています。

 「報告書」は、「研究会」に出席した有識者の意見の大勢を中心に記述されたものです。その中で「個人情報ファイルの設置又は変更の事前通知」については、「法施行の統一性等を確保するために、原則として、一定の事項を保護法施行の統一性を確保する機能を有する期間にあらかじめ通知することが適当」とし、「全体の運営が不統一になることを避ける」ことを趣旨としていました(資料1-25~26頁)。事前通知の適用除外についても検討されており、この段階では個人の権利利益の侵害のおそれが小さいものを想定していました。その他に適用除外とするものがあるかについては、「国の安全に係る情報等その存在自体を秘匿する必要があると考えられる個人情報ファイルについて、事前通知の適用除外とするかどうかについては、今後、立法化の具体的な検討段階でさらに検討する必要がある、とする意見があった」との言及にとどまっています。これは、1980年9月の「プライバシー保護と個人データの国際流通についてのガイドラインに関するOECD理事会勧告」が、「公開の原則」として「個人データの存在、性質及びその主要な利用目的とともにデータ管理者の識別、通常の住所をはっきりさせるための手段が容易に利用できなければならない」との原則を踏まえたものです。

 「研究会」の「報告書」を受けて立案された旧保護法の原案段階では、現保護法第10条第2項第1号に当たる規定は設けられていましたが、同2号については存在していませんでした。関係各省庁の法令担当官に宛てた、1988(昭和63)年3月24日の「総務省行政管理局事務連絡」で法案協議の対象とされた原案(資料2)は、第6条で「個人情報ファイルの設置等に関する事前通知」を規定し、同第2項第1号で「国の安全、外国上の秘密その他の国の重大な利益に係る個人情報ファイル」を事前通知の例外としているものの、現保護法第10条第2項第2号に該当する規定はありません。一方、原案第7条の「個人情報ファイル簿の作成及び閲覧」に関する規定において、「犯罪の予防若しくは捜査、被疑者逮捕又は公訴の提起若しくは維持に関する事務、犯罪者の矯正若しくは構成保護に関する事務、出入国の管理及び難民の認定に関する事務、国税の犯則事件の調査その他の国税の賦課若しくは聴衆に関する事務その他これらに準ずる事務で政令で定める事務に使用される個人情報ファイルで、当該個人情報ファイルを個人情報ファイル簿に掲載することにより、当該事務の適正な遂行を著しく阻害するおそれがあると認めるときは、これを個人情報ファイル簿に掲載しないことができる」(同条第3項、下線は陳述人による)としていました。原案段階では、個人情報ファイル簿を公にすることによる「事務の適正な遂行を著しく阻害するおそれ」という、支障要件該当性を判断することが求められていました。

 旧保護法第6条及び第7条については、3月24日段階案から各省庁と総務庁との間での協議が重ねられていますが、1988(昭和63)年4月18日付けの警察庁に対する総務庁行政管理局の回答で、旧保護法第6条第2項第2号の規定が新たに設けられるに至ったことが確認できます(資料3)。総務庁回答によるとその趣旨は「第7条第3項に掲げある事務に使用される個人情報ファイルのうち、事務の性格から個々的にファイルを作成するものが考えられ、これらについては、通常、旧案の第6条第2項第7号において事前通知の除外に該当するものであるが、それ以外にも大規模な事件等も考えられるので、今回案ではその秘匿性にも配慮し、新たに規定したものである」とされています。これを踏まえると、個別の事件ごとのファイルの場合は含まれる個人情報の数が少ないため事前通知、個人情報ファイルの作成・閲覧の対象とはならないが、関係者の多い大規模事件等は必ずしも除外にならないことが考慮され、除外規定が新たに追加され、現保護法第10条第2項第2号として今でも存在しています。

 
3 行政機関個人情報保護法第10条2項1号及び2号の相違について

 以上のような経緯で現保護法10条2項2号の規定が設けられるに至っていますが、結果的に同項第1号と第2号は明らかに要件の異なる規定となりました。

 第1号は「国の安全、外交上の秘密その他の国の重大な利益に関する事項を記録する個人情報ファイル」とされ、「その性質上極めて秘匿性の高いものであって、これらに関する情報の存在やその内容が関係者以外に知られることによって、国の安全、外交上の秘密その他の国の重大な利益を害するおそれがあるもの」(『行政機関等個人情報保護法の解説』)と、情報や事務事業の性質から国の重大な利益を害するという一定の要件を設けたものになっています。

 また、「国の安全」とは「国としての基本的な秩序が平和に維持されている状態」であり、具体的には「直接侵略及び間接侵略に対し、独立と平和が守られていること、国民の生命が国外からの脅威等から保護されていること、国の存立基盤としての基本的な政治方式及び経済・社会秩序の安定が保たれていること」(前掲)とされています。そして「その他の国の重大な利益」とは、「国の安全、外交上の秘密に匹敵するような国の重大な利益をいい、具体的には、公共の利益や社会的な利益のうち、公安や治安に係る重要なもの、為替管理、財政金融政策や通商上の国の利益であって重要なものなど」(前掲)とされており、いずれも公にされることにより重大な利益の侵害が想定される場合を対象としていることが明らかです。

 一方、第2号は「犯罪の捜査、租税に関する法律の規定に基づく犯則事件の調査又は公訴の提起若しくは維持のために作成し、又は取得する個人情報ファイル」とし規定されています。その趣旨は「犯罪の捜査、公訴の提起等の刑事司法手続に係る職務を適正に遂行するためには、関連する情報の秘匿性が要求されるところがあり、本来的に事前通知になじまないもの」(前掲)とされています。解釈上は「職務の適正な遂行」のためとなっていますが、外形的に「犯罪の捜査」等に該当する場合は該当する規定となっており、個人情報ファイル保有の事前通知及び個人情報ファイル簿の作成・公表による実質的な法的保護の蓋然性のある職務上の支障を要件としていません。旧保護法の立案過程では、個々の事件に関する個人情報ファイルが想定されていたところですが、現実には第2号の規定からはそうした限定は読み取れず、結果的に「犯罪の捜査」等という行為そのものに係る個人情報の取扱いについて、実質的な支障について判断することなく広範な適用除外を認めていることにほかなりません。

 このような問題は立法段階でも認識されており、旧保護法についての国会付帯決議では、「総務庁は、個人情報ファイルの保有等に関する事前通知の適用除外となるファイル、及び個人情報ファイル簿に掲載されない個人情報ファイルのファイル数、記録範囲、適用除外の根拠等を可能な限り的確に把握し、みだりにその範囲が拡大さることのないよう、必要な措置を講ずること」(1988年11月8日衆議院内閣委員会、同12月8日参議院内閣委員会、資料4)とされていました。また、現保護法でも参議院個人情報保護特別委員会付帯決議で「行政機関の保有する個人情報の開示請求権、訂正請求権及び利用英紙請求権の実効性を確保するため、個人情報ファイルの保有等に関する事前通知並びに個人情報ファイル簿の作成及び公表に係る義務規定の適用除外の解釈に当たっては、個人の権利利益の保護の観点から十分に配慮すること」(資料4)とされました。立法府の意思としては、個人の権利利益の保護の観点から解釈も含めて何らかの措置を講ずることを求めていますが、こと第2号に関しては規定そのものが、広範に適用除外を認めているため、個人情報保護法制としては限定的な運用そのものができるものになっていないことに変わりありません。

 
4 情報公開法不開示規定との関係について

 このような不備をもって旧保護法は成立し、この問題は現保護法にそのまま引き継がれ、旧保護法制定から30年以上たった現在まで政策的、制度的解決はなされていません。しかし、この間の変化として情報公開法の制定があり現保護法のもとで秘匿されている個人情報ファイルに関する情報の開示をめぐり本件訴訟が係争しているわけですが、その背景には、これまで述べてきた現保護法第10条第2項第1号及び第2号と、本件事案で不開示の理由として適用されている情報公開法第5条第3号及び第4号の規定がそもそも要件を異にしていることを挙げることができます。

 すでにこれまでの準備書面及び鑑定意見書で情報公開法第5条第3号及び第4号に関しては主張をしているところですが、改めて現保護法との関係を述べると、次のようなことが論点として存在しています。

 まず情報公開法第5条第3号は、「公にすることにより、国の安全が害されるおそれ、他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報」を不開示とすると規定しています。本件訴訟に係る処分では「国の安全が害されるおそれ」があることが不開示理由として適用されています。「国の安全」とは前述の現保護法第10条第2項第1号で用いている解釈と同じものであるのに加えて、「害されるおそれ」があるという法的保護の蓋然性を要件としています。現保護法第10条第2項第1号の規定があることが、個人情報ファイルに関する情報の法的保護の蓋然性とはならず実質的な支障があることについて、行政機関の長の判断に相当の理由があることが求められているというべきです。

 また、同じく本件訴訟で不開示理由として適用されている情報公開法第5条第4号は、「公にすることにより、犯罪の予防、鎮圧又は捜査、公訴の維持、刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報」を不開示とすると規定しています。これは、「犯罪の捜査」等について外形的に不開示を認める規定ではなく、公にすることによる「支障を及ぼすおそれ」という法的保護の蓋然性を要件としています。すでに述べてきた通り、現保護法第10条第2項第2号の規定は、「犯罪の捜査」等という外形的な要件によって個人情報ファイルに関する適用除外を認めており、公にすることにより「支障を及ぼすおそれ」という具体的な該当性判断を求めておらず、情報公開法5条4号に比べて広く個人情報ファイル簿の秘匿を認めて適用除外としています。

 さらに言えば、現保護法第10条第2項第1号及び第2号の適用については、各行政機関の長の判断に一義的にゆだねられており、その適用に関して説明責任を果たすことも求められておらず、監視も及ばないものになっています。一方で、同第1号及び第2号に該当する個人情報ファイルは個人の権利利益のみならず人権と抵触する可能性をはらむものであり、このような個人の人権等の制約と国の安全等や犯罪の捜査等により保護される公益との均衡について、政府は特に説明責任が要求されるところです。

 また、本件訴訟に先立ち行った異議申立てに対する情報公開・個人情報保護審査会答申では、「本件管理簿は,各項目の記載内容を一部でも公にすれば,警察庁において,いつ,どの部署が,どのような個人情報を,どのようなカテゴリーに分けて,収集・保有・活用しているかを推察し,今後の警察の捜査方針,捜査手法及び警察活動の実態等を推し量ることが可能となり,犯罪行為を意図する者あるいは反社会的勢力が,身分を偽装したり,犯罪の手口を変更し,又は警察の情報収集活動を妨害するなどの対抗措置を講じることを容易ならしめるなど,警察業務に支障を及ぼすおそれがある。」(平成29年度(行情)答申第206号、乙5号証)として、原処分妥当としました。しかし、その後の当法人の別件情報公開請求により、すでに個人情報ファイル管理簿の内容の一部が開示されており、審査会の「一部でも公にすれば」警察業務に支障を及ぼすおそれがあるとの認定は、過剰な不開示を容認したものにほかなりません。

 
5 過剰な不開示

(省略)

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