内閣官房機密費と使途の保存期間と特定秘密

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 明日で特定秘密保護法が施行されて1年。いろいろ考えるところもあるが、この間、特定秘密保護法以前の問題として、安全保障や外交分野の情報公開が進んでいないこの状況をどうにかしないと、特定秘密保護法がなくなっても大して風景が変わらないかもと思い、そこに斜めな感じでアプローチをしてきた。

 その斜めな感じは、わかる人はツボにはまるようだが、一般的にはわかりにくいという類もののようで、この手の問題に積極的に発言をされている皆さんも、あまり関心はなさそうな感じなのが残念。とはいっても、尾ひれがつかずに粛々と情報公開訴訟をしているという状況は、個人的には法の解釈論から法の改正議論をしやすいアプローチなので、気に入っていたりする。

 そんな中で、その斜めな感じでのアプローチの一つとして少し前に手をつけたのが、特定秘密と会計検査院問題にもちょっと絡む問題の内閣官房機密費関係。機密費の使途の情報公開については、情報公開訴訟が継続的に提起されているので、そこには手をつけていない。そこまで余力はない。

 手をつけたのが、そもそも内閣官房機密費の使途に関する情報の行政文書としての保存期間てどのくらい?ということ。機密費の使途が「特定秘密」になっているかは不明。知るすべがないが、特定秘密になっているのではないかと思う人が多くでも不思議はない。総額だけ公開されて、それ以外は一切公式には出たことがない。

 すぐに公開できるわけがない、という理屈は理解できなくもないが、そもそも永久に出せないものなのか、ということになれば本当は違うのではないかと思うのだ。しかし、内閣官房機密費の使途が普通の会計文書と一緒の保存期間だと、5年で廃棄されてしまうことになるので、そもそも時間をかければ出せるものが失われることになる。そこで、内閣官房に官房機密費の保存期間がわかる文書を情報公開請求したところ、ないとのこと。電話でのやり取りでいろいろ聞いてみた。「一般の会計文書と同じ扱いですか?」「ないというのは、機密費の使途についてのみ期間を定めたものがないということですか?」など。あまりはっきりしない回答で、一般の会計文書と同じ扱いのようかの返事でも、何だか奥歯に物が挟まったような物言いで、私も明確に枠組みを理解できたわけではない。ただ、もしかしたら廃棄されているかもしれないという印象が残った。

 内閣官房機密費は、2000年に外務省の職員が横領して競走馬を買っていたりで大問題になったもの。外交機密費も同様に同じ職員が横領をしていた。当時もその後も国会でも何度も問題になり、会計検査院が検査できていない、何で気づかなかったのかなどだいぶ批判や注文がされた。原則として国の機関は会計検査院には支出証拠の原本を提出することになっているが、内閣官房機密費、外務省機密費、警察庁機密費などは例外的に別の方法で支出の証明をすればよいことになっている。機密費というのも俗称で、本当は報償費という。報償費は秘密の多そうなこれらの省庁だけでなく、他の省庁でも費目としてあるが、一部例外的な扱いになっているのだ。

 そして、内閣官房機密費などは様々な工作に使われているという。それは政治工作にも、外交工作にも、警察であれば諜報的な活動にも使われている。特に、内閣官房と外務省の機密費は、おそらく秘密で行われた様々な工作を裏付け、政策形成や外交への影響をはかるために本当はその使途を記録し、残して時間がかかっても公開させる仕組みにしないといけないのではないかと考えている。だから、廃棄されてしまうと本当はとても痛い話になる。

 だから、今、機密費を移管文書として位置づけられないのかということを考えている。特定秘密か、特定秘密以外の秘密指定かのどちたかには該当するのだろうと思う。外務省報償費は、機密費的な使途ではなく物品購入だと公開されるものもあるので、私の手元にある公開文書は「秘」とマークされているからだ。だから、機密費的なものは、おそらく「極秘」か「機密」と少なくともなーくされているだろうと推測している。

 とにかく、歴史文書としての移管対象になれば秘密指定解除されるまでは内閣官房などが抱え込むことになるけど解除されれば移管される。機密費問題について論じたものをいろいろ見るにつけ、すぐに何かメスを入れることは難しいのかもと思うところがある。それであれば記録が残されるというところで、使う側ももらう側もそれなりにリスクを負わせることで、適正化圧力、アカウンタビリティが必要であることの自覚を持ってもらうのが本筋ではないかと考えるところ。この辺は、これから準備をしなければならない意見書などで書こうかと思っている。(三木由希子)

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